チーム・バチスタの栄光/海堂尊

「チーム・バチスタの栄光」(海堂尊著)を読んだ。私は読書といえば文庫本が多いのだが、これはネット仲間のベルさんからのお薦め。大いに惹かれたのは、45歳の現役勤務医が書いた作品ということ。第四回「このミステリーがすごい!」大賞を獲得した作品なのだ。

現役医師の処女作ということで、正直言ってあまり期待していなかった。「まぁ、あまり食わず嫌いもよくないしな」なんて気持ちで読み始めたのだが・・ これ、ほんますごいよ。びっくりした。これだけ楽しめる書物って、そうそうないと思う。凡百の二流読み物よりも、ずっとワクワクして読めること請け合い。


作中の狂言回したる田口先生が、私によく似ていること! 田口先生は、東城大学付属病院神経内科教室の万年講師。この先生、とにかく聞き上手なのだ。現に「不定愁訴外来」で辣腕(笑)をふるっている。自分をできるだけ「無」にして、相手のコアを引き出す方法論。これ、大いに共感できるなぁ。術死が連続した「チーム・バチスタ」の調査のため、聞き取り調査を行うのだが、各人のキャラが素晴らしく上手に引き出されていて、読んでいて気持ちよい。「キャラの引き出し」という作業は、根底に鋭い洞察力がないとダメ。作者の深い人間洞察がうかがい知れて、とても面白い。第一部を読んで、いっぺんに田口先生のファンになってしまった。

第一部の「ネガ」がそういった流れだとすれば、第二部の「ポジ」は明らかに音楽でいう変調である。ちょっと生真面目な短調から、ラテン系の長調へ。その指揮を執るのは、変人キャラ白鳥技官である。今時、たまごっちを持っているのに、携帯を持っていないヤツ(笑)。厚労省の役人で相当頭脳も優秀なのだが、第一部の流れをガンガンかき乱していく。彼の用いるのは応用心理学と呼ばれる技術である。田口先生の聞き取りは「パッシヴ(受動的)・フェーズ」、白鳥技官が操るのは「アクティヴ(能動的)・フェーズ」。白鳥技官の攻撃的な聞き取り再調査で、バチスタ・メンバーの化けの皮が剥がされていく。

「ネガ」だけでも十分堪能できたのに、この「ポジ」の大転換で、この作品の評価が更に高くなると思う。肝心の術死の原因に関しては、いわゆるネタバレになるので、詳細は記さない。ただひとつ言っておきたいのは、この作品は、いわゆるミステリーによくある「犯人捜しで二転三転」といった展開を楽しむ読み物ではないということ。むしろ、人物像の「ネガ」と「ポジ」の豹変の怖さや深さが、読ませどころだと感じる。それと、こうした医療物に必要なリアリティ、これも保証する。私はやさぐれ内科医師だけど、全然違和感なく読めた。相当な外科音痴を自負している(笑)が、かなり勉強させてもらった。エピドラって、そういうもんだったんだね。

個人的には、白鳥技官の「パッシヴとアクティヴどちらかのフェーズのピュア・タイプというものは、一種の奇形で病的状態」という言葉に衝撃を受けた。田口先生がそうであるように、私も「パッシヴのピュア・タイプ」だったということに気づいたから。現在はめでたく、ある程度「モザイク」になっているんだけどね。青春時代の辛い出来事が、この「精神的奇形」によるものだと解り、大いに納得した。ありがとう、白鳥くん。

というわけで「最近出た本で、面白く読める本ない?」と思案中の貴兄に、この本を強くお薦めします。ミステリーというカテゴリーに入りきらない作品です。読んで絶対に損はしません。最後に、この作品を薦めてくれたベルさんに厚く御礼申し上げます。