点と線/松本清張

「点と線」(松本清張著)を読んだ。小学生時代に、清張にまつわるこんな思い出がある。学校から帰ってくると、いつも陽気な母がさめざめと泣いていた。「なにか悲しいことでもあったんだろうか?」と心配していると、傍らに一冊の文庫本があるのに気がついた。「球形の荒野」(松本清張著)の下巻であった。よく事情を聞くと、まさにクライマックスだったのだ。その時以来清張という作家は、私の頭の中で、他の推理作家とは一線を画した存在になっていた。押しも押されぬ社会派の文豪で、そうしたエピソードもあったので、せっかく読書の習慣もついたのだから、挑戦してみる気になった。


いきなり大長編から入るのも、ちょっと不安だったので、適当な短編ないし中編を探していた。そうして、アマゾンのレビューなどを参考に、この「点と線」が選出された。

読んでみて第一印象は、文章がとても素直で読みやすいということ。「透明感」さえあると思う。あの分厚い唇に黒縁のメガネのコワモテの容貌からは想像できない仕事だと思った。読者へのサービス精神あるいは謙虚さが、底流にあると思う。きっと優しい人だったんだろうな。

ストーリー解説。まず、何の変哲もない情死事件が起こる。それを捜査進行中の汚職事件と絡めて「怪しい」と嗅ぎつけた二人の刑事が、容疑者の鉄壁のアリバイを、粘り強く突き崩してゆく。追いかける側の心理描写が実に丹念で、迫力がある。アリバイが崩れ始めるまでに、その堅牢さがあまりにも強調されるので、ちょっと重苦しくなる場面もあるけれど、なかなかのものだ。老刑事鳥飼が警視庁の刑事三原に宛てた手紙の中の「捜査官の信念は、ぜったいに事件を放棄しない押しのがんばりでございます」という言葉に、ものを追求する上で一番大事なことが記されている。

欲を言えば、追われる側の心理とか人物描写を、もう少し欲しかったが・・ 考えるに、列車の時刻に絡んだ精緻なトリックがまず中心にあり、それに肉づけするという方法論で出来上がったのが本作ではないか。清張としては、そんなに大きく膨らますつもりは無かったのだろう。

ただひとつ残念なのは、この作品が書かれて30年以上も経っていること。新幹線がなかったり、青函連絡船が活躍していたり、電報が盛んだったり・・ストーリの核心に触れる部分で現代とは合わなくなっている箇所がいくつかある。返す返すも、同時代に読みたかったと思う。

この後の清張だけど・・とりあえず、「球形の荒野」は読んでみようと思う。あの時の母のように、私も号泣するのだろうか?ちょっと興味があるのだ(笑)。というか、あの頃の母の琴線というものに、少しでも近づくことができたらと思うのである。