カサンドラという名の哀しみを想う(まるちょう診療録より)

WordPress第一弾は、医療系から行こうと思います。ライブドア は年内に削除するつもりです。よろしくお願いします。

症例は30代後半の女性。三ヶ月ほど前から疲れやすい。家事にも影響があり、車の運転も集中できない。動くと息切れする。動かなくてもしんどい。手のむくみもある。ぐーができない。特記すべき既往なし。食欲落ちている。おいしくない。体重は変わっていない。

慢性経過にて増悪する疲労感。しかも比較的若年の女性。絞れない。器質的疾患除外のため、採血、レ線、ECG、尿実施 ☞ 検査はすべて正常。もう少し問診を追加する。仕事は介護職。集中力が落ちる、ボーッとしてしまう、注意力が落ちる。子供は三歳。睡眠は中途覚醒あり、夜中頻繁に起きる。朝のスッキリ感なし。入眠はよい。アルコールなし。ご主人のことが心配。REM睡眠行動障害があるようだ。子供のことも心配。眠剤は使いにくい。以上より、慢性の睡眠障害による注意力低下、集中力低下と診断。デパス少量と胃薬少量こころみて、いったん様子みる。

一年以上経過して、再診あり。息苦しくてしんどい。デパスである程度よくなったが、やはり夜眠れない。目が冴える。デパス飲んでも目が冴える。日中も気分がわるい。自分の気持ちも平坦でいられない、コントロールできない。気づいたら泣いているとか。ご主人が独特。普通の夫婦関係ではない。共感力のない人。仕事はデイサービスで、普通に振る舞える。帰ったら、落ちるかんじ。泣いているか、怒っているか。コントロールできない。

どうも構造的な問題がありそう、と睨んだ。しかも状態は前回よりも悪くなっている。夫はたぶん、パーソナリティ障害? 日中のイライラに対してコンスタン処方。デパスは継続。ダメなら心療内科や精神科対応考える。適応障害でいいと思うが。

その晩の夕食時に、嫁にこの女性のことを話してみた。もと看護師の彼女は、彼女なりの視点で「ハッとする」指摘をすることがある。その時もそうだった。「それ、カサンドラじゃないの?」 僕は思わず「膝ポン」してしまった。そうやん、カサンドラやん。読者のみなさん、なぜ「カサンドラ」という言葉が出てきたか、不思議ですか? 実は、彼女自身がかつてカサンドラだったんです。加害者は僕です。

カサンドラ症候群とは、家族やパートナーなど生活の身近にいる人がアスペルガー症候群(現在の診断名は自閉症スペクトラム障害、以下ASD)であることが原因で、情緒的な相互関係を築くことが難しく、心的ストレスから不安障害や抑うつ状態、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの心身症状が起きている状態を指す言葉。(Webより引用)

結婚して10年目くらいだったか、彼女が「なにか哀しい、寂しい、充足感のなさ」を訴えるようになった。僕は軽度ASDの傾向があります。彼女は「この状態」を解明しようとして、必死にリサーチした。その結果、自分がカサンドラであることを突き止めたわけです。われわれ夫婦の「爪痕」が、ここで活きたということか。

三ヶ月後、再診あり。本人さんから「心療内科を紹介して欲しい」と希望あり。その心療内科も、ちゃんと調べてこられた。話し方からしても、とても賢い人だと思う。良妻賢母型。紹介状は書くとして・・ われわれ夫婦の成果を、あなたに語ろう。彼女は「カサンドラ症候群」という言葉は、全く知らないわけではなかった。夫は発達障害という診断はついていない。病院に行く気もない。でも、悪い人ではないと。ただ、僕から改めて丁寧に説明されると、うつむいて嗚咽された。自分の病名が詳らかにされたとき、患者さんは視界が開ける。それは安堵であり「腑に落ちる」ということである。僕はこの感覚を経験しているので、よく理解できる。

半月後、件の心療内科から返信がきた。K医師は、カサンドラ症候群という僕の「差し出がましい」病名に、ほぼほぼ同意されていた。SDS60点で重度うつ状態とのこと。抗うつ剤がすぐに処方された。この方、悪くすると自殺の可能性もあったかと思う。過酷な運命を、なんとか乗り越えて欲しいです。以上「まるちょう診療録より」でした。