結婚して20年目となりました

さる5月11日は、20回目の結婚記念日でした。ええ? 5年後に銀婚式? もうそんなになるの? どこかの学者さんだったか、「夫婦って長く生活していると、いつの間にか戦友のようになるんですよ」と仰っていた。僕はその当時「戦友」という表現に抵抗があったんだけど、なるほど20年も経過すると、確かに「戦友」なんだろうな、と変に納得したりする。

つまり、結婚生活というのは、ある意味で「戦い」であるという真実。もちろん、抽象的な意味で、ですよ。結婚という共同生活の中で、何を学び、気づいたのか。僕はこの20年で、実に多くのことに気づかされ、学びました。やはり独身というのは「独眼で生きている」ようなものである。結婚して初めて「両眼がひらく」、そうして十全な視野を獲得する。

僕はもともと唐変木のような男性でした。鈍感で不潔で、雑な野郎でした。うちの奥さんは、大いなる教育者でした。そうなんです、男性は女性に教育されて、自分の「だらしなさ」に気付くのです。例えば、2019年にチュートリアル徳井くんが税務問題で世間から叱責されていた時、東国原英夫さんは「結婚するべきだと思いますよ。奥さんを、伴侶を。それもきちっとした人ね、税理士さんみたいな奥さんを」とコメントした。私見ですが、彼自身もかとうかず子に相当に教育されたんじゃないのかね。SNSでいろいろな意見があったと思うけど、僕は正論だと思ったね。男って、誰しもが「だらしなさ」を引きずっている。女がそれをちゃんと指摘して、男がそれに気づいて学ぶとしたら、それはwin-winだと思うのね。

具体的に奥さんから学んだこと。
・清潔に生活するということ
・休職後のあいさつをちゃんとすること
・プレゼントについてのエチケット
他にもいろいろあるが、とりあえず三つ。多くは語りませんが、彼女の言うことが全く正しい。ぐうの音も出ない。そして、これらの「指摘」は、まだ完全に僕自身を変えていない。僕の「だらしなさ」が、たまに首をもたげてくる。そうして僕は、自己嫌悪に陥る。

ASDやAPDについて、重要な指摘をしてくれたのも奥さんである。そして、双極性障害は、それらの二次障害であるという「一連の流れ」も示してくれた。つまり、僕がどういう人間で、なにが苦手で、どういう限界があり、どういう状況が安寧で生産的なのか。この20年で、そうした「生きる方向性」を獲得したように思う。

僕はASDで、いつも殻の中にいるのが楽でよい。世話女房な奥さんは、いつも殻をトントンして、僕を外の世界へ導いてくれる。そうして僕はちょっとだけ「社会性というスキル」を学ぶのである。最後にもう一度、一般論を。男は女に教育されて、ようやく「真人間」になる。そのことを、男はちゃんと感謝しなければならない。20年、ありがとう。