「村上朝日堂の逆襲」(村上春樹、安西水丸共著)を読んだ。エッセーである。まるちょうは基本的には、村上さんの長編を読む。この本はたまたま古本屋さんで100円で売っていたので、特に期するところなく購入した。しかし、この本を読むにあたり「期するところなく」という心構えは、相当に相応しいと言える。何故なら、長編小説で見せる村上さんの「隙のなさ」が、この作品ではほとんど影を潜めているから。裸の村上さんというか、とてもリラックスした印象を受ける。でも要所要所で、村上さん独自の世界観が散りばめられていて、「ゆるゆる」にはなっていないと思う。細切れの時間を有意義に過ごすのには、うってつけなのかもしれない。さて、このような書物に感想を付すのは、かなり難しい。そこで、作中の実際のお題目でまるちょうが語ってみようと思う。もちろん、本書の内容を適宜参照して。
「中年とは何か?」について語ってみる。ちなみに、本書で触れられているのは「脱毛」と「肥満」。
まず前者から。まるちょうは、軽い頭頂禿げです。これは、やはり20代の精神的に苦しい日々から、そうなったように思う。それにあのころは、今ほど清潔じゃなかったし。頭皮には辛い環境だっただろう。当時から愛用している育毛剤がある。「毛髪活性」という花王が販売しているもの。わりと安くて、なんだか迷信のように使い続けている。高いのでは「リアップ」「アポジカ」「不老林」とか、枚挙にいとまなし。 そうそう、最近「大島椿」を将棋関係で購入したついでに、入浴後ほんの少しだけつけて髪の毛をリンスしている。すると、なんか髪の毛の密度が増えたような気がするんだよね。以前より床屋にいく間隔も短くなったような気がする。これも単なる「気のせい」かもしれないが・・(笑)
でもなんだね、育毛の根本的な条件は、育毛剤云々よりむしろ「毛根の清潔を保つこと」「ストレスを溜めないこと」のふたつに集約されるように思うんだけど。30代以降、このふたつの条件が格段に改善したので、最悪の頃に比べると、まだ禿げ具合はましなんじゃないかと勝手に思っている。もし本格的に禿げ始めたら、松本人志みたいに丸坊主にするつもりです。死んでもバーコードにはなりたくないっす(笑)。
次に後者の「肥満」について。これを語り始めると長い! 現在はまっているのは「毎朝体重を量ること」。数年前に結構上等な体重計をひょんなことでゲットしたのだが、何故か使うこともなく埃をかぶっていた。そんな折、母から毎日体重を量ることを執拗に薦められ、ふと「宝の持ち腐れたる体重計」のことを思い出したのだ。最初は気乗りしていなかったのだが、やってみるとなかなか面白い。一日の最初の体重を量ることで、その日一日の食生活の指針が導かれる。前日過食ではなかったか、あるいはジムで運動したので消耗していないか等々、自己評価できる。今は確固たる習慣となっている。
村上さん曰く「肥満に至る道のりは楽しく、痩せる道のりは険しい」→全く同感。特に30代以降はそう。普通にしていたら太るもんね。さらに次のような金言が記されている→「人には様々な顔つきや性格があるように、人の太り方にも様々な太り方があるのであって、万人に適した痩せ方はない」
まるちょう的にもの申すと、体重というのは精神と強く関わっていると思うんだけど。だからある意味、精神面で何らかの変革がない限り、根本的な減量は難しいように思う。各人の精神というのは、いろんな種類の問題を抱えている。だからこそ、上記の金言は的を得ていると思う。
以上「村上朝日堂の逆襲」で語ってみました。