「あ、これがそうか!」と確認する瞬間(まるちょう診療録より)

総合内科は、どれだけ広く各論を知っているかが勝負だと思っている。ちゃんと経験と勉強を積んだ先生は、相当な量の知識をお持ちである。僕なんかは「なんちゃって総合内科医」なので、そうした「正規の」先生には、まったく及びもつかない。ただ、そこで「もういいや」となってしまうと残念なので、ちょっとだけ抗うように、自己流で勉強する。今回はその「ちょっとだけ抗った」勉強の成果が出たので、記しておきます。

50代の女性で、ご主人と同伴で受診。前日の朝10時半ごろから、左半身のしびれ出現。わりと急な感じ。一度おさまって、再度15時から左半身のしびれ出現。現在もつづく。軽いしびれ。やや力が入りにくい感じもある。主に左上肢のしびれと脱力。また、前日15時から左頬から口にかけてしびれあり。違和感というか。嚥下は大丈夫。既往歴としては、関節リウマチにてMTX治療中。足のレイノー病など。

診察では、バレー陰性、握力は左やや低下?、左上口唇付近のしびれあり。左上肢〜手のしびれあり。とりあえず、頭部CTを撮影する。この時点で、ある程度の病像は頭に浮かんでいた。

さて、CTの所見はいかに? 僕は右の視床〜中脳〜橋〜内包〜皮質あたりの小さな脳卒中を想像していた。発症から20時間は経過している。CTでも、何らかの所見はあるはず。しかし、思っていたのとは違う結果となった。右半球に脳卒中のような所見は認めない。左の内包前脚あたりにhigh spotがあるように見える。ここでうーんとなる。論理的には、左半身の症状なので、左内包の出血では説明できない。やはりここは、頭部MRIを撮影しましょう。ご夫婦に丁寧に説明した。ご主人は「ぜひ」という感じだったが、本人様はやや気が進まない。「やはり正確な診断のためには、MRIは必要です。ぜひ、お願いします」と、重ねて説明する。こうした時、女性って予期不安が強いのかな。「怖いものを見たくない」という心理はあるかもしれない。最後は納得され、C病院QQに受診いただいた。

後日カルテを確認して驚いた。C病院での頭部MRIでは、右視床に高信号(DWI)が認められ、新規梗塞を指摘されていた。もちろん、そのままC病院へ入院。抗血小板剤の点滴を開始。やはり左内包のhigh spotは、アーチファクトだった。ただ言えるのは、MRIまで頑張って撮影して正解だったということ。

教科書的な知識として「cheiro-oral syndrome 手口感覚症候群」という病像がある。視床後腹側核の一部〜中脳〜橋の内側毛帯〜内包・半卵円中心境界部(感覚放線)〜大脳皮質(頭頂葉中心後回下部)あたりの脳卒中で、対側の手掌と口角周囲に感覚障害が出現する。機序としては、これらの部位からの神経線維の走行が近接しており、かつ神経線維数が他の部位からのものよりも多く、病巣の影響を受けやすいことが挙げられる。つまり、

一側の手指(上肢)と同側の口のしびれは中枢神経症状である

これは生坂政臣先生の著書「見逃し症例から学ぶ日常診療のピットフォール」の中で、印象的だった項目を、Evernoteにまとめていたもの。ちなみに「cheiro」とはギリシャ語で「手」を意味する(カイロプラクティックの語源はここから来ている)。cheiro-oral syndromeは、それほど稀な病態ではない。今回の教訓としては、一側の手(上肢)と口角周囲の感覚障害がある場合、頭部MRIまでは持っていくべき。患者さんを納得させるだけの「説明と同意」ができるかどうか。以上、まるちょう診療録より、文章をこさえました。