人の死とは、哀しいものだろうか。あるいは、恐ろしいものだろうか。哲学者 三木清 の言葉を思い出す。
私はどんなに苦しんでいる病人にも死の瞬間には平和が来ることを目撃した。
50代半ばになり、人の死がいかに多面的であるかを考えずにはいられない。まずは、あらすじから。キヨは19歳で、顔も知らない男のところに嫁いだ。男は働き者だが酒ぐせが悪いという評判らしい。結婚してみたら案の定、普段は働き者で優しかったが、酒飲むとひどいもんだった。「テメエら、俺を馬鹿にすると承知しねえぞ!」 キヨは子供と一緒に林の中へ隠れる。上を見上げると、きれいな夕焼け。あんなものはレクリエーションみたいなものさ。想像以上にひどいことなんか、人生にはそうそうない。そんな述懐をする老いたキヨの前に、今や中年となった三人の子供が集まっている。
三人はキヨに土地を売ってくれと頼む。庭のような土地だが、坪一千万である。六十坪あるから、ちょうど六億。三人の子供たちは、これまでもキヨの所有する土地を切り売りしてもらい、人生の困難をなんとか乗り越えてきた。そのたびに、ため息をつくキヨ。「土地を売れば売るほど、おまえたちは不幸になっている」と呟く。重夫の離婚、勝男の家がおかしくなった時、そしてエミ子がヤクザに孕まされた時。悲しいことがある度に、この林は小さくなって・・もう誰も隠せなくなってしまった。
今や、粗大ゴミや子犬が捨てられる林。キヨは、この土地を残しておく意味もなくなったのかねえ、と呟く。病床に臥せるキヨが「あの林、売っていいよ」と子供たちに伝える。がぜん目の色が変わる三人の中年たち。重機が入り、林が整地される。それを眺めながら、人生を振り返るキヨ。三人の子供の不幸を思い、涙が出る。そうして静かにキヨは息を引き取る。
涙を流した死顔に勝男が気づく。「あれ・・死んでる」 エミ子も「ほんとだ、死んでる・・」なんの感慨もない二人。重夫は勝男に「電話帳もってこい」と伝える。「最寄りの葬儀屋に電話して、すぐ手配するんだ」 タバコの煙を美味しそうに吐いて「さて・・と、少し忙しくなるぞ」と。
学生時代に本作を読んで、僕はキヨを不憫に思った。でも50歳半ばとなった現在、この三人の「穢れた」子供たちの立場も理解できる。理解できるというか、その「穢れ」を、僕は批判できる立場にはいない、と思うのだ。なぜなら、生きるということは、ある意味「穢れ」を呑み込んで前に進むことであり、キヨが抱く感傷など、なんの役にも立たないから。こういう構図は「東京物語/小津安二郎 監督」を思い出させる。50代半ばという年代は、尾道ではなく、東京に居るのだ。そうして、穢れている。
ちょっと話が異なるが、僕の祖母の葬式について。祖母は92歳で他界した。辛抱強い、可愛らしいおばあさんだったが、最晩年は認知症もすすみ、「生きる辛さ」のようなものが顔貌に見てとれた。もちろん介護する叔母も大変だっただろう。簡素な葬式だった。そこですごく印象に残っているのが、僧侶の言葉。「92歳という御年で逝かれたのは、悲しむ必要はありません。むしろめでたいことです。笑顔で送ってあげる方が、故人もきっと喜ばれます」
もちろん普遍性はないと思うけど、人の死がある意味「生の起点」となる場合があるということ。残された家族は、これを節目として、自分の人生を再開する。また、この世を去る者は、穢れたこの世から、解放される。悲しみや老い、苦しみから解放されて「平和」が訪れる。冒頭の三木清の言葉である。
想像していたほど不幸でもなかったし、
想像していたよりも幸せではなかった私の人生を・・
この林と一緒に消しておくれ・・
重夫と勝男とエミ子は、穢れている。何度もいいますが、生きることはすべからく「穢れ」なんです。最後に「忙しくなるぞ」とキメる重夫、これぞ「生」なのです。僕には彼を批判する資格はないですが、キヨの「林に対する感傷」は分かる人間でありたいと思います。以上、漫画でBlogのコーナーでした。