健康診断の限界を痛感させられた一例(まるちょう診療録より)

癌の早期発見は医療者の目標だけど、それが達成されるのは簡単ではない。一部の癌は、症状が出てからでは、もう遅い。早期発見のために、健診がある。でも、健診をすり抜けて成長する癌は、残念ながらある。

70代の男性。当科ではおもに高血圧でフォローしている。毎年、当院の人間ドックを受けている。ただ、喫煙はやめられない。以前のスパイロで閉塞性換気障害を指摘されている。奥様がご病気でADL悪く、世話が大変とのこと。
今年の3月上旬に、当科を定期受診された。「右の肩が張る」とおっしゃる。昨年の12月に当院ドックで撮影した胸部レ線がある。やや気腫状と思ったが、それ以外は、特記すべき所見ないと思った。降圧剤の処方をして、診察は終了。
そして今回、6月下旬に当科を受診。「右背部の痛みあり、昨日は痛みで眠れなかった。鍼灸や整体に行った。くしゃみすると痛い」 湿布すると、ちょっとマシ。3月から4kg体重減。肋間神経痛の印象だけど、胸部レ線は撮ってみる。

胸部レ線にて、右肺尖部の縦隔寄りに腫瘤性陰影あり。昨年12月(ドック)の写真には、明かにない所見。医師の目から見れば、肺癌であることは明らか。本人さまには「右肺の上の方に腫瘍がある。しっかり評価する必要があるので、CTと採血を追加します。一週後、再診で」と伝えた。かなり慎重な表現で説明したつもりだったが、僕の眼差しが強かったためか、かなり動揺された様子だった。なんといっても、奥様を世話する立場なのである。「癌なんですか?癌じゃないですよね?」と問われたが、こちらとしては「癌の可能性は否定できません。それを正確に診断するために、これから精密検査します」と答えた。こういうのを一般に「段階的告知」と言います。いわゆる「善意のうそ」です。医療側は、ほぼ100%癌とわかっている。でも、いきなり「癌です」とは言わない。情報を小出しにして、患者さんの心の準備の猶予を作ってあげる。一種の医療技術である。

胸部CTでは「右肺上葉に5cm程度の腫瘤性病変がみられ、肺癌が疑われます。Th3に溶骨性変化がみられ、腫瘍浸潤の可能性があります」と記載あり。採血では、CRP2.31、Ca10.2、CEA7.8、SCC5.5、ProGRP34など。本症例では、右背部の痛みがあり、CT上、Th3に浸潤の可能性あり、パンコースト腫瘍としていいと思う。組織型としては、喫煙者であり、扁平上皮型と思われる。SCCとCEAが両方上がっているが、おそらくCEAは喫煙のために、もともと高いのではないかと推測する。

本人さまの希望で、RC1病院の呼吸器科へ紹介となる。もちろん、現時点で手術適応はない。喫煙をやめなかったとはいえ、毎年12月ごろ、当院の人間ドックを受けておられた。確かに昨年12月の胸部レ線は、右肺尖部に特記すべき所見ない。今年3月の受診時にレントゲンを撮っていたら? その時は「右の肩が張る」という症状があった。これを「パンコースト腫瘍による末梢神経障害」と捉えるのは、さすがに飛躍がある。3月にレントゲン→CTの流れがあれば・・ でもこれは、まず無理だね。3月の対面診察において、僕も患者さんも、そんな警戒感はまったくなかった。医療を「たられば」で語るのは、精神的にきつい。癌というのは、それだけ情け容赦ない敵だということです。以上「まるちょう診療録」より文章こさえました。