安心できる薬の盲点(まるちょう診療録より)

アムロジピンという血圧の薬があります。いちばん普及している「安心できる薬」という印象。でも医療に「絶対に安心」という言葉はありません。残念ながら。

70代女性。もともとパニック障害で精神科通院あり。昨年12月の中旬の朝9時ごろ、めまいあり。左右に揺れる感じ。20分くらいで軽快するも、しびれと動悸のこる。血圧が215/107とか。当院総合内科受診され、重度の高血圧として、アムロジピン5mgを開始。

翌日の夜診、頭痛と嘔吐で再受診。ずっと寝ていた。食欲なく、おかゆを二口食べた。朝から頭痛あり。昼過ぎから嘔吐四回。胸焼けもあり。この時は心疾患鑑別のために心電図をチェックされている。心電図は特記すべき所見なし。胃腸炎の疑いにて、整腸剤とPPIを処方された。

さて、またその翌日、嘔吐とむかつき、頭重感が治らないので再受診。この時はじめて僕が診察している。夫婦で来所されており、ご主人はかなり心配されいる様子。ご本人も、そうとうに苦しい、ぐったりという感じ。薬をのんでも、すぐに嘔吐してしまう。6回くらい嘔吐したと。食欲もない。36度後半の熱(平熱35度台)。むかむかする、頭が重い。腹痛や下痢はない。


さて、どうしたものか。視診でまず顔面の紅潮を感じた。でも、だからといって診断の見通しが立つわけでもない。とりあえず食べれてないので、点滴と採血、心臓が大丈夫ということなら頭はどうかいな、という安直な発想で、頭部CTをオーダー。 この時点では、前医と同様にウイルス性胃腸炎を考えていた。

頭部CTは当然ながらというか、問題なし。採血で、白血球増多、多血、血小板もやや増加、CRP1.30、LDH356。ここであれ?となる。点滴をしても、それほど症状の改善はなし。そこでもう一度、最初の経過にもどって問診してみる。患者さんは、アムロジピン5mgを処方されて、薬局ですぐに服用した。その後、帰宅してから嘔吐や頭痛がでてきた。あれ?それアムロジピンが悪いんちゃうの?

Padを参照して「今日の治療薬」を調べてみる。すると、ちゃんと載っていた。0.1~5%未満の確率で「ほてり、全身倦怠感、頭痛・頭重、嘔気・嘔吐」が副作用として生じうるとのこと。そして禁忌として「ジヒドロピリジン系過敏症」と記載されていた。この患者さんが、まさにこの「過敏症」だとしたら・・? それで、すべてが説明できるじゃないか。すぐさまベッドサイドに向かい、ご夫婦に「アムロジピンの中止」を指示した。

アムロジピンという薬剤の功罪として、血中濃度がなかなか下がらないという性質がある。血圧の薬としては優秀なんだけど、いったん薬害となった場合には、体外へ排出されるのに異様に時間がかかる。とりあえず、三日後に再診とした。

三日後の診察。やはり顔のほてり、不眠と悪夢、頭痛と頭重感、食思不振など。あまり状態は変わらない。採血も同様。CRPとLDHは若干下がり気味だったけど、大筋で横ばい。ご夫婦はとても不安な表情だったので、短期入院を勧めてみた。そうしてC病院入院されたが、入院後三日後くらいから食欲が回復。データもよくなった。多血はもともとあるようだったので、それは別件で精査となる。

その後「ジヒドロピリジン系過敏症」について調べようとしても、どこにも載っていない。頻度、症状、性差など、知りたいけど、分からない。それだけ稀なものなのか? いずれにしても、薬剤のウォッシュアウトが異様に時間がかかるので、患者さんとしては地獄のような時間だっただろう。そしていわゆる「安全なくすり」の裏側に、そうした落とし穴があることに、ちょっとビビった。医療に「絶対に安心」という言葉はないと、再確認した次第です。