さる11月12日に大森一樹監督が、AMLにて70歳という若さで逝去されました。僕は「ヒポクラテスたち」という作品が大好きなのですが、この際にもう一度みておこう、となりました。たぶんこれが四回目くらいだろうか? 良作というのは何度みても「新しい発見」があり、みる喜びが枯れない。自分の精神年齢にともない、理解が深くなる。本作はやはり僕にとって「常にそばに置いておくべき」作品であると認識しました。次の二点を軸に語ります。
#1 愛作は俺そっくりだ
#2 Paint It Blackという心象風景
まず#1から。本作は基本的に医学部六回生の臨床実習(ポリクリ)の様子を描いている。主人公の荻野愛作(古尾谷雅人)が、他人とは思えないのである。つまり「これから医師になる」という使命感はあるが、つねにどこかだるい。青くさい理想はあるけど、どこか口先ばかりで、行動が伴わない。モラトリアムなんて、そんなものか。いや、そんな安易な一般化は自己弁護に過ぎなくて、やはり僕は愛作のように「どこかやる気がなかった」。それが証拠に、研修医になってから「社会人になるという洗礼」をモロに受けて、失踪→得体のしれない精神疾患を背負って生きることになる。まさに天罰の様に。お気に入りのシーンを載っけておく。
愛作のいい加減さは、僕にとってはノスタルジーである。この産婦人科外来の婦長さんがいい味でね〜。いつもクスリと笑ってしまう。さすがにタバコは吸わなかったけど、遅刻はよくしたなー。皮膚科で主訴のところに「湿疹」と書いてしまい、教授に怒鳴られたとか。でも、なんだかなんだで要領よく試験は通していく学生だった。
次に#2について。愛作は8年間付き合っていた女性がいて、これまたいい加減な避妊で彼女を妊娠させてしまう。けっきょく堕胎を選ぶのだが、そのあと彼女は発熱や腹痛で苦しむ。紆余曲折あり、彼女は故郷の舞鶴に帰ることに。また同時に、愛作とも別れることとなる。愛作の本心としては、二人はすでに倦怠期であり「ちょうどよかったわー」てなもんだろう(たぶん)。
さて後日、愛作は新聞に例の堕胎術を受けた産婦人科クリニックがとんでもないヤブ医者だったという記事を見つける。そこで一回気絶。ここからの大森監督の心理描写がシブいなー、と思う。要するに未熟な自我が、良心という裁判官に罵られている図である(余計わからんw)。白衣を黒く塗りつぶすシーンを載っけておきます。そう、Paint It Blackです。
「Paint It Black」について、ちょっと説明。ローリング・ストーンズの楽曲で、大事な人と死別して悲嘆にくれて葬送するという悲しくて重い曲です。では愛作は、誰を葬送したのか? それは自分自身です。白衣を黒く塗りつぶすという行為は、自傷であり他害である。前者は自分がこんな白衣を着る仕事など、とうてい資格がないという悲嘆、怒り、情けなさ。後者は白衣という高貴さに秘められた偽善、欺瞞を炙り出してやる、という悪意。そうしてその高貴を引きずり堕ろしてやるという下劣な心。
この自傷と他害が延々と愛作を責めつづけ、やがて昏迷にいたる。彼は大学の現場から担ぎ出され、気がつくと解剖室のご遺体となっていた。つまり彼の中の一部が、確かに死んだのだ。このプロセスが、これまでの映像的な伏線を見事に拾い上げて「愛作の死」を表現している。今回、あらためてスゲーと思った。
最後に、大森監督どこにいるでしょうクーイズ! 嫁も今回、本作をみたんですが、彼女が見つけました。スゲー!