25年前の自分の残像をみた(まるちょう診療録より)

僕は双極性障害という病気を持っています。なので、内科医だけど、うつ病や双極生障害の診断は、相当に自信がある。でもこれは、正確には「診断」じゃない。「直感」なんだな。その患者さんの醸し出す、言動、表情などから「あ、この人は!」となるわけです。論理や学問じゃなくて、むしろ「患者としての共感」の側面が大きいと思います。

2018年11月にNさんが僕の外来を受診された。30代男性でLDLコレステロールが212。スタチンの投薬は必要な状況。このNさんの第一印象は「過剰適応」だった。無理に笑顔を作ろうとしている。愛嬌というか「人に気に入られたい」という対人過敏性が読み取れた。話を聴いてみると、うつ病にて精神科に通院中とのこと。レクサプロを服用しているらしい。

僕は、この人が「うつ病」ではなく「双極性障害」であることは、すぐに感じ取った。喉元まで出かかったが、グッとこらえて、スタチンを処方した。この「グッと」というのは、ホントに紙一重なのであって、双極2型障害に対する抗うつ剤の安易な投与は、自殺企図の原因となりうるから。たぶんこのNさんも2型だと踏んでいた。Nさんの退室時に、心の中で「死ぬなよ」と念じた。


次回、12月には、LDLコレステロールは正常化。他院精神科では、相変わらずレクサプロを投与中。2019年2月受診時「うつがよくなった」「調子がよい」とのコメント。運動も頑張っているから、スタチンを止めてみたいと。明らかに多弁である。個人的には「躁転」と思っていた。しかし僕は精神科の主治医ではない。はがゆい思いをしながら、希望通りにドラッグフリーとした。

3月受診時。やはりスタチンなしでは、LDLは高値である。例の他院精神科では、炭酸リチウムを開始されたとのこと。主治医がマニックフェイズに気づいたということだろう。「抗うつ剤→リチウム追加」というのは、気分障害に対して「よくやる手」である。スタチンは再開とした。

8月受診時。体重がやや増えている。他院精神科からは、リチウムに加えてバルプロ酸を処方されているとのこと。診断としては、うつ→躁病に変わってきているようだ。おそらく、職場で躁病らしいエピソードがあったのだろう。産業医との面接も数回。Nさんは、やや苦悩の表情だった。

11月受診。人間ドックで尿酸10台指摘あり。アロプリノール開始。体重が一年で7kg増えたとのこと。他院精神科で、バルプロ酸は中止。ラミクタールが開始された。「ようやくか!」と心の中で思った。ようやく双極性障害としての処方に定まった。僕はNさんに「それでよし」と心の中でつぶやきながら、笑顔でうなずいた。

その後、ずっと運動の意欲がうすかったが、2020年4月ごろから、運動の意欲が上向き。そして10月受診時、1日一万歩以上歩いているとの報告あり。体重も落ちたと。このときのNさんは、初診のころの「過剰適応」「対人過敏性」といった表情はみじんもなく、精悍で自信に満ちた「男の顔」だった。ようやく双極性障害という病は快癒したのだな、と嬉しくなった。(もちろん投薬下ではあるが)

経過中、何度も「僕自身が双極性障害で、あなたのことがよく解るんです」とカミングアウトしたいという衝動に襲われた。しかし、それは医療者としてフェアなやり方ではない。ただ、Nさんには真実は言わないまでも、ノンバーバルな表現で「肯定的な何か」を伝えられたと思っている。とにかく・・闘いが2年で終わってよかった。俺なんか、10年だかんね。ラミクタールなんていいもん、なかったからね。

本症例でいちばん言いたいこと。死に至りうるシリアスな病気に、人生を挫かれた患者さんが、いろんなことを学びつつ、病を克服していくプロセス。病気が癒えるだけでなく、その人の「成長」が何より清々しい。主治医じゃないけど、Nさんのことは、25年前の自分に重なって、ずっと応援していた。Nさん、人生はこれから。がんばってね。