たまに「この人、どうしたいんだろう?」という患者さんに遭遇することがある。要するに「何が困っているのか」を上手に伝えられない人。あるいは「何が問題点か」が分かっていても、次のステップに誘うことができない。本人様が「結局どうしたいのか?」が分からないと、暗礁に乗り上げてしまうことがある。
70代の男性で、警備員をされていたらしい。昨年9月初診。主訴はふらつき。採血するとHbが7.3で正球性正色素性貧血。とりあえず、まずは消化管の出血の検索。胃カメラと便潜血を実施。しかし、どちらもNP。この方は、CRP7台、フェリチン259で、やや「普通でない」印象を持った。
10月初旬に再診。採血のCBCコメントに「連銭形成あり」とある。もしかして?と思い、IgA,G,Mを測定。すると、IgAが突出して著明高値を示した。こうなると押せ押せである。免疫電気泳動を実施して「IgAがmonoclonal様変化」とのコメントを得る。・・やっぱ、多発性骨髄腫みたいな病態?
その時点で、本人様には「血液の病気のようです」とだけ伝えた。本人様は、それ以上の精査は希望されないようだった。というのも、その頃の受診で、診察終了後に料金を払わず帰ってしまうという事例が続いたのだ。そして受診のたびに、強い尿臭が鼻をつくようになった。
僕は貧血の進行が、いちばん心配だった。料金未収はあるものの、受診はわりとちゃんとしてくれる。貧血の進行は、それほどなく横ばいだった。相変わらず尿臭はきついが。ちゃんと食べてますか? お風呂入ってますか? とお聞きしても「食べてます、お風呂入ってます」と木訥と答えるのみ。そう、この人は極端に口数が少ない。コミュニケーションが取りにくい人である。
今年1月になり、頻脈が目立つようになってきた。「しんどくないですか?」と尋ねるが「しんどくないです」と返される。貧血はHb7.0とじわり進行。本当ならば、入院してマルク(骨髄穿刺)して、診断を確定した後に、血液内科のもとで治療を開始したい。でも、このMさんが、そうした医師の指示を聞き入れてくれるようには思えなかった。僕はてっきりマルクとか入院とか、そういう一連の医療を嫌っておられるのだと、勝手に解釈していた。袋小路に入ってしまった。
そんな時、T師長さんが「もしI先生(血液内科)に紹介できたら、いいですよね?」と声かけされた。それはそうだ。そうなったら、いちばんベストですね~、と答えた。でも、僕の中では、あの未収つづきのMさんが、ちゃんと違う曜日の夜診(I先生の外来)を受診できるようには思えなかった。
しかし、である。奇跡は起きた。MさんがちゃんとI先生の外来を受診されたのだ。どうやってI先生の外来を受診するようになったのかは、まったく不明である。もしかしたら、T師長さんのマジックなのかもしれない。とにかくカルテに記載されている文面では、Mさんは極めて素直だった。I先生いわく「血液のガンの可能性が高いです」Mさん「それは怖いね」。そして入院を打診されると「ありがとうございます。さしつかえありません」と答えられた。えー、そんな感じ?
そうして、2月中旬にC病院に入院。当然ながら、マルクも普通に実施された。骨髄像では、しかと形質細胞増加が確認された。診断はIgA myeloma(症候性骨髄腫)。経済的なことは、なんなら生活保護の申請をすればいいんだろうし。僕は、なによりMさんがしっかりした医療を受けることができるようになって、安心した。未収つづきでも、ちゃんと僕の外来を受診されたのは、やはり「しんどかった」のだと思う。そういう、自分の窮状を言葉にして伝えにくい人っているんです。今回は、ちょっと先入観が入ってしまったと、反省しています。Mさん、とりあえず、よかったね。