漫画でBlogのコーナー! お気に入りの短編漫画をネタに、まるちょうなりに語ってみたい。今回は「人間交差点/矢島正雄作 弘兼憲史画」より「追憶」という作品をチョイス。まずは、あらすじから。
海を望む景色が美しい立派な寺にて。一人の男が黙々と穴を掘っている。寺の敷地の中でも、一番見晴らしのよい丘だ。住職はかねてから、ここにリゾートマンションを建設する予定だった。男の話では、妻の亡骸をそこに葬ってやりたいと。ちゃんと土地の登記簿も持っている。住職はその男を「何か魂胆のあるに違いない」と睨む。男はそれから、飲まず食わずでひたすら穴を掘る。夏の炎天下の中で、黙々と掘る。大きく、深い穴。曰く「深く、出来るだけ深く埋めてやりたいと思います」と。
住職は、その土地の利用価値が高騰するように、各方面に働きかけてきた。そうした努力が、わけの分からない男の出現で、水の泡になろうとしている。男がいるために、マンション建設の基礎工事も延期となる。住職はたまらず、男に三百万を提示する。これで引き下がってくれと。げっそりとやつれた男は、何のことか理解できない。住職は、そんな男に激怒してしまう。「これ以上出せなんて、虫がよすぎる!」と。「このままじゃ、あの男に全部取られちまう。いっそ殺す方法でもないものか?」住職が思案していた夜に、穴を掘る音が絶えていることに気づく。大きくて深い穴の底に倒れている男。そのそばに例の登記簿があった。住職はすばやくそれを燃やしてしまう。「こ、これさえなくなれば・・」
そこで住職は我に返る。いくらなんでも10日間も炎天下で穴を掘ってきたんだ。これはどう見ても仮病じゃない。衰弱しきっているんだ。あいつは、本当の馬鹿かもしれないぞ・・
翌朝、救急車を呼び、穴から搬送される男。担架から住職の手をぎゅっと摑む。「生きているうちに何ひとつしてやれなかった、せめて亡骸だけは美佐子が望んだ地に・・」そして「ありがとうございました」と。そこで住職は「ありがとう?」となってしまう。
男曰く「思い出す時間をいただけました。私の人生で楽しかったのは、あいつと生きた時間だけです。穴を掘りながら、あいつとの思い出をたどることが出来ました・・ありがとう」と。そして、同じ穴に自分を埋めて下さいと希望する。
救急車が去り、独り残された住職は、そこでようやく気づく。自分がいかに浅ましい生き方をしていたかを。誰もいない穴のそばで、ひとり嗚咽する住職。・・数ヶ月後、その見晴らしのよい場所で、無心にお経を唱える住職の姿があった。目の前には、一組の夫婦の墓。「人、死を前にして追憶のみ。死して有るものは一切無し・・ 生、無限に不可解にして、愛のみが稔る」合掌。
寓話のようなお話。お坊さんという聖職者が、現世の汚れにまみれてドロドロという設定。坊主仲間で月イチで集まっては、自分の法衣の高価さを自慢したり、土地でいくら儲けたとか、料亭で盛り上がる。どんな世界でも、こういう光景はあると思う。自分の職業の本来の方向性を見失って、欲得に走る人。でも人間、長く生きて同じ仕事をずっとしていると、いつか感覚が麻痺してくるのかもしれない。リアリズムの堕落。
そこへ訪れる妻を亡くした男。この男は、阿呆である。しかし、ひとつの確信的な意志を持っている。「この寺に、妻の遺言通り、眺めのよい丘に埋葬してやる」これ以外に、何もない。己の命も惜しくない。というか、妻を失った時点で、自分の存在価値はないと信じている。疑心暗鬼の住職を横目に、ひたすら大きくて深い穴を掘る。そこにはひとかけらの計算もない。全力、純粋、無心、あるのみ。ロマンティシズムの昇華。
つまり「現実主義=我執」対「理想主義=無我」の構図である。冷静にみると、どちらも「困ったもんだ」ということになる。本当のリアルは、もっとグレーだと思う。原作者の矢島正雄が、分かりやすいように色分けした、ということだろう。結末としては、住職の良心が蘇り、いわゆる「改心する」という具合になる。典型的な弁証法ね。
まるちょうが着眼したいのは、現世の汚れにまみれた坊主が、実はまだ「聖職者としての矜持」を残していたこと。あれほどだらしなく坊主仲間で生臭い話をしていた、あの坊主が、ちゃんとそうした「自分の初心」を持っていた。ラストシーンで、丘に独り立ち、念仏を唱える坊主の格好いいことよ。初心を思い出すというのは、清々しいもんだ。そこには「我執」ではなく「無我の境地」がある。男の阿呆に打ちのめされて、坊主も阿呆になった。ここで言う「阿呆」とは、金銭とか利益とか都合とか力とかを考えないということです。残ったものは「愛」であり、今は亡き夫婦への「祈り」のみ。ジョン・レノンの世界やね。
現実主義は、いけないとは言わない。現実を観る眼がなければ、とうてい生きていけない。ただ、折に触れて「現実主義が行き過ぎてないか」をチェックする必要がある。「昔描いていた自分の理想」を、たまに思い出すべきだ。長く続けていくものについては、特に言えると思う。仕事しかり、夫婦生活しかり。継続すると、どんなものでも埃をかぶる。人生は長い。長いからこそ、腐敗や退廃には十分注意しなければいけない。「愛のみが稔る」というのは、よい言葉ですね。「初心を忘れない」ということは「対象への愛」を捨てないということだ。愛さえ捨てなければ、理想は廃れることはない。そして何かが実を結ぶ。最後に、再掲しておきます。
追憶・・「人間交差点」より
「生」無限に不可解にして、愛のみが稔る
以上、漫画でBlogのコーナーでした。