「村上さんのQ&A」のコーナー! 今回も「そうだ、村上さんに聞いてみよう」から、質疑応答を抜粋して考察してみる。
<質問>私は春樹さんがとっても几帳面にこつこつと健康的に毎日を過ごされているのだろうことを思うと、時々すごく切なくなります。私は病的にぐうたらな人間なので、決めたことをちゃんと守ってきちんとした生活を維持する、というようなことには限りなく憧れますが、ほとんど夢の世界です。例えば何もする気が起きなくて、一日寝ていることとかって、ありますか? あと、掃除をしなければ、とわかっているのにどうしてもどうしてもできないとか、ありますか?
<村上さんの回答>僕も若い頃は「今日は何もやりたくないな」と思って一日ごろごろしていることはよくありました。でも、年をとるにつれて、無駄に一日をおくることがだんだん辛くなってきました。僕の場合やりたいことがわりにはっきりしているので、「あれもやろう、これもやろう」と日々けっこう忙しいのです。僕が毎日規則正しい生活を送って、運動をしているというと「意志が強いんですね」という人がいますが、それは違います。僕は自分に合ったことを自然にしているだけなのです。人生においていちばん大事なのは、何が自分に合っているかをうまく見つけだすことです。そのためには若いうちにいろんなことを試してみるといいです。
<まるちょうの考察>まるちょうも10代後半から20代前半の頃って、結構ゴロゴロしていた。そして「また今日も一日無駄に過ごしたなぁ」などと、嘆いていたような気がする。全く質問者と同じ状態です。理想と現実の落差、これがきつい。でも30代になってから、その落差は徐々に小さくなっていったように思う。そして現在41歳だけど、村上さんとほぼ同じ状態です。やりたいことがわりとはっきりしていて、あれこれ忙しい。規則正しくて、健康的。几帳面にこつこつと。ひとことで言うと「生活をコントロールしている充実感」がある。
若い頃と一番違うとことは「自分に何ができて何ができないか」を、よく認知できているということ。限界が分かっているから、所詮できないことを「またできなかった」と悔やむことはないのです。つまりは41年間「まるちょうという人」と付き合ってきたのだから、己はその分知っているわけ。そういう観点から言うと、質問者の一番の不幸はぐうたらなことではなく、自分をよく把握していないことなんだと思う。やはり、若い頃にある程度無茶しないとダメですね。自分の限界を突き抜ける体験をしないと、自分の限界が見えてこないから。
しかしなんですね、年をとるにつれ自分が見えてくるのはいいが、人生の残りの時間は少なくなってくる。人生のアイロニーですな。やりたいことがたくさん見えてきても、若い頃のように自由な時間がない、体が動かない、しがらみがふえる・・そんなんばっかり。だからこそ、村上さんが言う通り「無駄に一日を送ることが辛い」ということになってくるわけ。限られた時間を、無理せず有意義に生きたい。まるちょうの切なる願いです。
以上、村上さんのQ&Aのコーナーでした。