「課長 島耕作」(弘兼憲史作)を読んだ。以前から部分的に読んで興味を持っていたのだが、通読するチャンスが無かった。通読して強く感じたのは、この作品は決して「立身出世のための必読書」ではないということ。結果的には、主人公島耕作が出世していくサクセス・ストーリーなのだが、本作が一番訴えたいことは別のところにあると思う。それは・・ひとことで言えば「人間関係」。人と人のつながりを、あらゆる角度から描写したのが「課長 島耕作」なんだと思う。
本作を語るのに、便宜的に次の四つの軸で考察してみる。
#1 ビジネスにおける人間関係
#2 ずばり、人情
#3 島耕作のセックス
#4 島耕作のキャラ分析
今回は、まず#1から。島耕作の慕う中沢部長が、とても味のよいキャラ。こういう人が上司なら、気持ちよく仕事できるだろうな、と強く思う。功名心がなく、正直で、責任感が強く、根気もある。ものごとを客観的に判断できる合理性もある。何より、小さいことに拘泥しない器の大きさがよい。印象的なのは第9巻の、屋台のおでん屋さんで島と中沢が語り合う場面。中沢部長曰く・・
最初に入ったところが京都営業所でな。販売店まわりだったんだ。いやあ、凄いところだった。今までの自分の世界観が根底からひっくりかえったよ。宴席に呼ばれて、みんなの前でお座敷相撲をとらされるんだ。パンツの上からフンドシまいて三味と太鼓に合わせてドタバタやるんだ。そのとき思ったよ。大学院まで行ってあくせく勉強したことは何だったんだろうってね。マルクスもケインズもぶっ飛んだよ。(中略)これが会社なんだ。男の仕事というのはこういうものなんだってわかった。脆弱な知識とかプライドとかは関係ない。わかってしまえば、あとは怖いもんなしだ。仕事にも自信がわいてパワーもついた。
これを神妙に聞いて、島課長は自分の小ささを確認する。そんな島課長が大好き。
そして、まるちょうが一番感動したのは最終巻の次のシーン。社長に推挙された中沢取締役だが、自分はそんな器ではないと固辞する。そこで島耕作の登場。新宿ゴールデン街の場末の酒場で、島の熱い説得が始まる。
要するに、島は中沢と同じ「出世を望まず、居心地のいい場所を探して、その好きな場所で犬のように働きたい」というスタンスなのだ。「同じ種族」をお互いに認めている。だからこそ、他からは一切断ってきた社長への推挙を、島の熱い説得で承諾するに至る。「決めたよ・・いや、社長を引き受けることを決めたんだ。キミの言うように、少し自分の居場所を変えてみようと思う」と。そこで流す島耕作の涙が、なんともよい味である。酒とタバコと場末のおでん屋の臭い、そんなこんなが絡まって、ひとことで言い尽くせない「何か」が、このシーンには秘められている気がする。大企業の社長誕生というマイルストーンが、こうした臭い場末の酒場で行われるというのが、いかにもリアルだと思うし、弘兼さん一流の演出なんだろうと思う。
世界は常に目に見えぬところで動いている。ビジネスとて、同じことだろうというのが、まるちょうの主張です。「隠微への視線」が、弘兼作品の魅力なんだと思う。次回は「ずばり、人情」で語ります♪