超高齢で多臓器にわたり「何らかの危険」が含まれる場合、当然ながら救命の可能性は低くなる。今回の症例は、QQ車で患者さんを運ぶ途中で「やっぱり無理かもしれない」と思っていた。キーパーソンの娘さんが同乗、88歳の老いた母が娘の方に手をやる。娘の手の温かさが欲しいのだ。二人はしっかりと手を握りあい、絆を確かめた。ただ、娘さんの態度や表情からは、ある意味で「これで亡くなっても仕方ない」という印象を持った。それほど取り乱すこともない。88歳という年齢。十分に生きたという見方もあると思う。ただ、この高齢女性は、82歳のときに「90歳くらいまでは生きるつもりです」と発言されている。おそらく娘さんの本心としては、無駄な延命処置はしてほしくない、逝くなら楽に逝かせてあげて欲しい、というものだったか。
10月上旬に、腹痛で当科を受診された。当日も1時間前に排便あるも、軟便で少量のみ。マグミットを常用しているが、うまく便が出ない。診察では、頻脈あり、顔面に発汗あり。かなりしんどそうな表情。腹部は下腹部正中に圧痛あり。ベースにDM、HT、HL、などあり、虚血性腸炎など考える。腹部CT、採血、心電図、点滴を実施。
腹部CTでは、上行結腸が著明に拡大しており、分節的に腸の狭窄があると思った。つまり、腸の虚血→虚血性腸炎、腸間膜動脈閉塞症など? 後者だと、救命は難しくなる。心電図では、HR105で完全右脚ブロック。そしてaVRでST上昇、V3456でST低下あり。これは恐ろしい状態を示唆する所見なのです。つまり左主幹部の狭窄や閉塞の可能性がある。主幹部というのは、左冠動脈の根もとのことです。ここの病変はステントも入れにくいし、循環器の先生が悩まれる。この時点で、ほぼ入院は確定。僕の中ではRC2病院推しかなと思っていた。
そして採血。好中球増多、CRPは1.37、Cr2.7、BUN36.2など。炎症の程度はそれほどでもない。もともとDM性腎症があるが、著明な脱水で腎不全が進行。そして心配だった心臓。CPKは陰性だが、トロポニンIが374.1と明確に上昇している。虚血性心疾患は確かにある(胸部症状はなし)。この時点で、救命はかなり難しいと思われた。腸と心臓と腎臓が悪い、しかも88歳。
RC2病院のQQは、快く受け入れていただいた。いつもお世話になります。この症例は先方に説明するのに、やや難しいと思ったので、僕がQQ車に同乗した。RC2病院のQQは久しぶりだったけど、いやー参ったね。なんというマンパワーだろうか。一人の88歳の患者さんに対して、医師(ベテランから若手まで)、看護師、その他コメディカル。手術室のスクラブを着た女性もいた。ざっと15人くらいはいただろうか。なんちゅう潤沢な体制よ。うらやましー。僕は単なる腸の問題ではなく、心臓も相当にリスクがあると、確実に伝えておきたかった。わりと若手の医師にそのことを伝えた。これで、よし。
後日、RC2病院の循環器Drからお手紙をいただいた。摘便にて多量の排便あり、糞便性イレウスと診断。イレウスはわりと早い段階で解除。しかし、採血でトロポニンIがさらに上昇あり、ECGでのaVR ST上昇も継続していたため、左主幹部や三枝病変などを念頭にCAG実施。しかし、有意狭窄は認めず。イレウスによる脱水や心負荷上昇が関連したものと考えられた。補液と排便にて、帰室後はST変化も改善した。
さらに後日、同じDrから、第二報。腸炎については、スルバシリン投与にて改善。腎機能については、補液にて改善するも、Cr1.8程度と腎不全は継続。心筋逸脱酵素の上昇について。入院後、精密な心エコー行ったところ、重症の大動脈弁狭窄(AS)を認めた。経過中、IHDの所見があったのは、著明な脱水とASが相まったものと考えられた。一般論において、ASは狭心症やIHDを合併しうる。
そうして、あれほど絶望的と思われた88歳女性の命は、しかと救われたのであった。RC2病院の底力に大いなるリスペクトを捧げる。そして、重症のASに対して、TAVIによる治療をさらに進めることとなった。
TAVI(Transcatheter Aortic Valve Implantation)は、重症以上の大動脈弁狭窄症に対するカテーテル治療で、2013年10月より公的医療保険で手術可能となった。 開胸することなく、また心臓を止めることなく、太ももの付け根などの血管からカテーテル(細い管)を使って人工弁(生体弁)を患者さんの心臓まで運び、留置する手術。主に高齢者(手術でリスクの高い人)が適応となる。
最後に。この症例の根底にあるのは、脱水である。脱水が便秘、AS、IHD、腎不全、すべてを増悪させていたと確信する。だから、当科で最初に点滴(200cc)を「まずは」したことが、初動の治療行為としては、よかったんじゃないかと想像している。TAVI治療も終えて、90歳まで生きられそうですね、頑張ってください☺️ それにしても、RC2病院のマンパワーに(失礼ですが)ドン引きしました。これからも、よろしくお願い申し上げます。